METROPOLITAN MANDOLIN ORCHESTRA

第13回演奏会

1.日時

 

2002年9月21日(土) 18:00会場 18:30開演

 

2.場所

 

カザルスホール<お茶の水スクエア内>

 

3.指揮者

 

小出 雄聖

 

4.曲目

 

○アレクサンドル・スクリャービン(笹崎譲編曲)/夢 op.24

○南聡/彩色計画VI op.17-6

○モーリス・ラヴェル(笹崎譲編曲)/「鏡」より「鐘の谷」「道化師の朝の歌」

○クロード・ドビュッシー(笹崎譲編曲)/「映像(第2集)」より「そして月は廃寺に沈む」

○モーリス・ラヴェル(笹崎譲編曲)/バレエ音楽「マ・メール・ロワ」

 

5.楽曲解説

 

アレクサンドル・スクリャービン(1872~1915)

 

夢 op.24(1898)

 

モスクワの軍人の家系に生まれたスクリャービンは、15歳まで士官学校に在籍しました。士官学校卒業後、モスクワ音楽院に入学し、1892年に第2位金賞を得ます。この時の第1位がラフマニノフだったそうです。以降、スクリャービンはピアニストとして音楽活動をスタートさせます。同時に作曲家としては当初ショパンやリストの影響を受けたピアノ作品を多く発表。ピアノ協奏曲をはじめ、現代のピアニストにとって重要なレパートリーとなっている作品も多くあります。しかし後に神秘主義哲学などへの影響から独自の音楽語法を確立していきます。それらは非日常の世界へ誘う作品であり、弱まった拍子感、属七和音や三全音の多用による曖昧な調性などに特徴があります。やがて彼にとっての芸術形式実現のためには、音楽以外の要素も必要となっていくのです。交響曲第5番「プロメテウス」では、指定された鍵盤を押すと会場が指定された色で満たされる「色光ピアノ」が用いられています。また、完成はしませんでしたが、「香」を導入する作品も構想されていたようです。

 

さて「オーケストラのための前奏曲」という副題が与えられた「夢」は、初期から中期へと過渡期を迎えた時期の作品です。比較的短いモティーフから成り立っていますが、息の長い旋律が全曲を貫く自由な形式によります。後の「神秘和音」の前兆を思わせる転調が重なり、絶妙に色彩を変えながら夢の世界へ誘います。このモティーフは繰り返される度に音程を変化させ、夢の高揚や、ため息のような沈着を表出していきます。

緩やかな導入部から、高揚した中間部を経て、緩やかな結尾部を迎えたとき、ロマンティックな「夢」から目覚めるのです。


 

南聡(みなみ さとし)

 

彩色計画Ⅵ op.17-6(1991)

 

プログラムノート

 

この曲は1991年に作曲。彩色計画は、全部で10曲からなる連作であるが、それぞれ異なる編成の独立した作品である。しかし、楽器、もしくは、アンサンブルの色彩的な可能性追求とともに、それら多様な音色をただ並べるのではなく、それらに組織体としての構造的な必然性を持たせる工夫を持つ、という共通のテーマ持った作品群である。いずれの曲も、その楽器や編成の持っている因習的な装いにメスを入れ、もう一度本質的に、発音素材として持っている特性より再構築していく、というアプローチを取っているが、なかでも、マンドリンアンサンブルのために作曲したⅥは、最も実験色の強い作品となった。

この楽器との付き合いの少なさが、作曲する上での予測にかなり困難を与えたのがその原因であろう。全体的には、リズム遊戯的であり、冒頭のリズム型に、強弱、濃淡、反転といった変化加工が与えられながら曲は進行していく。そして、曲尾に2つのバガテルがコーダとして連接して帰結点を作っている。

今回は初演以来の10年ぶりの再演である。そういう意味では作曲者自身楽しみな曲との再会といえる。

(南 聡)

 

初演データ:1991年10月27日(日) 本多優之指揮アンサンブル・カデンツァ

 

作曲家プロフィール

 

1955年生まれ。東京芸術大学にて野田暉行、故黛敏郎両氏に作曲を師事する。

第53回日本音楽コンクール2位、第1回ミュージックトゥデイ国際作曲コンクール入選

1983年より故八村義夫周辺に集まった若手作曲家、中川俊郎、内藤明美らと同人グループ「三年結社」を結成活動。また、同時期ヴォーカリスト内田房江、彫刻家金沢健一、舞踏家花柳かしほ、コンポザーパフォーマー鶴田睦夫、岩崎真らとコラヴォレーションによるライヴパフォーマンスを東京周辺にて展開。

1986年北海道移住。1990年環太平洋作曲家会議に参加。1991年村松賞。1992年3人の独奏と3群のための《歓しき知識の花園Ⅰb》にて文化庁舞台芸術奨励賞佳作。同年ケルンの日本音楽週間92に湯浅譲二、藤枝守とともに招かれ9人の奏者のための《昼Ⅱ》が委嘱初演されおよび自作に関する講演を持つ。以降《彩色計画Ⅷ》(1993初演ローマ)《六花Ⅰ》(1994初演札幌)《日本製ロッシニョ-ル》(1994初演ローマ)《閃光器官a》(1995初演パリ)《遠近術の物語》(1995初演ボストン)等幾つかの作品が内外で演奏される機会を持ちレパートリー化されCD出版されている。最近は、2001年ISCM世界音楽の日々に《帯、一体何を思いついた?》が入選。バートン ワークショップによって日本初演の機会を得た。翌2002年の香港大会にも《日本製ロッシニョ-ル》が入選、10月17日に演奏される予定である。

現在札幌在住。21世紀音楽の会会員。北海道教育大学にて後進の指導にあたる。

 


モーリス・ラヴェル(1875~1937)

 

ピアノ曲集「鏡」より 「鐘の谷」「道化師の朝の歌」

 

ストラヴィンスキーが、ラヴェルのことを「スイスの時計職人」と評したことはたいへん有名です。これはラヴェルの父親がスイス出身であることも関係するようですが、彼がたいへん精密と呼ぶべき音楽を書いたことによります。いずれもが個性的で聞き手に印象を深く残す作品ですが、計算された技術が駆使されているのです。その特徴の一つは明確な旋律を持つこと。そしてその旋律は、19世紀ロマン派の長調、短調の性格とは趣を異にし、全音階を多く用いています。そのために表出される和声は、独特の魅力をもちます。

この旋律と構造に特徴をもつ音楽が、ラヴェルの「時計職人」たる所以です。彼は自作の管弦楽編曲がたいへん多いのですが、成功を収めている要因は、楽器が変わっても旋律と和声構造の魅力には変化がないという理由もあるのではないでしょうか。

ピアノ曲集「鏡」は、全5曲からなります。響きそのものを追求することを目的としたかのようであり、ことさら個性的な作品が並びます。

 

○第5曲:鐘の谷

鳴り響く鐘を直感させる、たいへん特徴的な音楽です。ほぼABCBAの形式によっています。全音階的な完全4度積み重ねの和音の中で、鐘が鳴っていきます。響きを聞かせることに目的があるように感じられる音楽で、一つ一つの鐘の音程が吟味されており、調性的にたいへん意外に聞こえる音程の鐘も鳴ります。

中間部では息の長い旋律がゆったりとうたわれ、幻想的な風情を醸し出します。再び鐘が交錯して鳴り始め再現部を形成し、やがて静寂が訪れます。正午にあちらこちらの教会の鐘が鳴り響く様子から、着想されたと言われています。

 

○第4曲:道化師の朝の歌

この曲集の中でもっとも有名で、ピアニストが単独に取り出して演奏されることも多い作品です。ラヴェル自身によって1918年に編まれた管弦楽編曲版もたいへんよく演奏されます。

今回のマンドリン・オーケストラ版は、指で弦を弾き、またあえて余韻を短く押さえたピチカート奏法によるリズムに始まります。このリズムの中からD(レ)を中心とした諧謔的なメロディーが浮かび上がります。原題の「アルボダーラ」はスペイン・バスク地方の舞曲のことで、ラヴェルのスペイン趣味がよく現れたリズムと旋律です。中間部では独奏マンドロンチェロにより「表情豊かに語るような」と書かれた情熱的な旋律が奏でられます。この旋律にスペイン風リズムによる和音が交錯し、重なり合ってffのクライマックスを築き上げていきます。旋律の断片が繰り返し演奏されるうちに曲は再現部に入り、この曲の主題とリズムがさまざまに修飾され、繰り返されてフィナーレを迎えていくのです。

 

 


クロード・ドビュッシー(1862~1918)

 

「映像 第2集」より 「そして月は廃寺に沈む」

 

近代フランス音楽を代表するもう一人の作曲家ドビュッシーは、ほぼ同時代に活躍したためラヴェルと並べて語られる機会が多いのですが、この2人の個性はまったく異なります。誤解を恐れずに言えば、これまで述べてきたように、ラヴェルの音楽には計算された設計と人工的なほどの和声の響きがあります。しかしドビュッシーの響きの豊麗さは、もっと自然倍音に近くのびのびとしたものです。

ドビュッシーの円熟期に書かれたピアノ曲集「映像」第1集、第2集の合計6曲の作品は、こうした特徴を表しています。

 

○第2曲:そして月は廃寺に沈む

廃れて静かな寺に、青白い月が沈んでいく情景を、ドビュッシーならではの洗練された手法で描かれています。旋律に付された和声が、独特の映像をかもし出して行きます。

 


モーリス・ラヴェル(1875~1937)

 

バレエ音楽「マ・メール・ロワ」

 

ラヴェルは生涯独身でしたが、子供をよくかわいがったようです。「マ・メール・ロワ」は、ラヴェルが親しく出入りしていたポーランド出身の彫刻家シブリアン・ゴデブスキ夫妻の子供たち、マリ(愛称ミミ)とジャンのためにピアノ連弾曲として1908~1910年にかけて作曲されました。童話から着想された5曲の組曲であり、「ミミならびにジャン・ゴデブスキ」に献呈されています。子供向けということもあり技法は比較的平易に書かれていますが、全音階的な豊かな旋律にあふれ、ラヴェルの個性が大いに発揮された一級の芸術作品です。

1911年には原曲に忠実に、5曲からなる二管編成の管弦楽曲として編曲されました。このころラヴェルは、芸術座の支配人ジャック・ルシェからバレエ音楽の委嘱を受けるのです。本番までにあまり時間がなかったこともあり、管弦楽組曲の「マ・メール・ロワ」をもとに、自ら「眠りの森の美女」を中心とした台本をおこし、前奏曲や第1場の音楽を書き足し、曲順も変えて全曲を通して演奏できるよう間奏曲でつなぎました。こうしてバレエ音楽「マ・メール・ロワ」が誕生しました。

今回演奏するマンドリン・オーケストラ版は、これら全ての版を下敷きとして、ラヴェルのエッセンスを忠実に編みこんだものです。この編成が持つ独特の音色感の使い分け、オーケストラ全体と室内楽的小編成アンサンブルのコントラスト、遠くから立ち上がる立体的な独奏者の配置など、マンドリン・オーケストラの魅力を存分に引き出したものとなっています。

 

※「マ・メール・ロワ」とは、日本語で「がちょうおばさん」を意味し、シャルル・ペローの童話集です。私たちには、英語で「マザー・グース」といったほうが有名ですね。

 

○前奏曲

終曲に関連する要素からなる冒頭主題に始まります。ステージの遠くからマンドラ・テノールとマンドロンチェロによるファンファーレが聞こえてきます。やがてマンドリン独奏による小鳥のさえずりが聞こえると、これから始まる各場面の音楽を先取りした主題の断片から編まれた音楽となっていきます。オーケストラも高まってffを迎えたところで幕が開き、第1場が始まります。

 

○第1場:紡ぎ車の踊りと情景

バレエのために書かれた曲であり、半音階の連続する音楽です。細かい16分音符は、糸を紡ぐ「紡ぎ車」がカラカラと回る様子を表しています。紡ぎ車を回しているのは王女フロリーヌ。意地悪な魔法使いの予言通りに、紡ぎ車の針に指を突き倒れてしまいます。深い眠りに着いてしまったフロリーヌを、誰も蘇生させることはできません。

 

○第2場:眠りの森の美女のパヴァーヌ

わずか20小節程度の小曲ですが、ラヴェルらしい全音階的で美しい音楽です。音楽の最後の場面で老女がケープを脱ぐと、美しい衣装の魔法使いベニーニュがあらわれます。彼女は、王女フロリーヌは100年間はの眠りの後に王子様の手によって目が覚めるように魔法をかけるのです。

 

<間奏>

舞台には2人の黒人の子供が現れます。ベニーニュは子供たちに、王女を見守りながら小話で眠りをなぐさめるように命じます。ここからが劇中劇です。最初の小話が始まります。

 

○第3場:美女と野獣の対話

ルプランス・ド・ボーモン夫人の原作による有名な童話。何回も映画になり、最近ではディズニーのアニメーション映画が話題にもなりました。ヘ長調のワルツによって、美女と野獣の対話が描かれます。コントラアルト・ソロが優雅な美女の主題を奏でます。野獣はコントラバスによる低い音域の半音階的旋律で表現されます。

美女は野獣が善良な心の持ち主であることに気づいていますが、やはり化け物の求愛を受け入れることができません。美女と野獣の主題は違いに繰り返され、一つとなって重なり合い緊張感を高めていきます。しかし自分が受け入れられないことを改めて知った野獣は絶望のあまり倒れてしまい、音楽が止まります。ここで命をかけた野獣の愛に気づいた美女は、求愛を受け入れるのです。ハープのグリッサンドの中で、野獣は呪われた魔法が解けていき、もとの王子の姿へ変身します。美女と野獣の2つの主題は、今度は美しく一つに溶け合い、曲が終わります。

 

<間奏>

再び黒人の子供が登場。次の劇中劇「おやゆび小僧」の準備をします。

 

○第4場:おやゆび小僧

シャルル・ペローの原作で、森に捨てられた7人の子供たちの末っ子がおやゆび小僧です。道に迷うことがないようにパンのかけらを道々にまいて来たのですが、安心して眠りにつき朝を迎えると、小鳥たちがパンを食べてしまっていて、手がかりをなくし途方にくれるのでした。ハ短調で書かれたこの曲は、ドリア調のグレゴリア聖歌を思わせる旋律です。また、頻繁に拍子を変えることにより子供たちの不安を表しています。森で泣く小鳥のさえずりは、たいへん印象的です。

 

<間奏>

ハープのカデンツァを中心とした特徴ある間奏曲。黒人の子供たちは、中国風の天幕をはります。

 

○第5場:パゴダの女王レドロネット

ドーノワ夫人の「緑のヘビ」にもとづく物語です。パゴダとは中国の陶製の首振り人形のことです。まさに中国風の五音音階からなる嬰へ長調の舞曲です。かわいらしく細かい旋律が賑やかに歌われてから、中間部では一転ゆるやかな旋律となります。これまた中国らしい支那銅鑼の合いの手により踊りは中断し、人形たちがひれ伏す中で、女王レドロネットが緑の蛇をたずさえて登場します。再び賑やかな旋律が戻ってきて、全員の踊りによってこの曲を終わります。

 

<間奏>

全曲冒頭のファンファーレが、遠くから聞こえてきます。全員あわてて退場し、黒人の子供たちもそのあとを追います。小鳥のさえずりの中、眠れる森の美女のモティーフが聞こえてきます。いよいよ、美女が目覚めるときが来たのです。

 

○終曲:妖精の園

愛の神に連れられて王子が登場し、眠っている王女を見つけます。音楽はゆっくりと厳かに、美しい旋律を奏でていきます。オーケストラ全体に音楽が広がってから、微かな澄んだ響きの各パートのソロによる室内楽的アンサンブルに転じます。夜明けとともに、王女が長き眠りから目覚めていきます。愛に結ばれた王女と王子のために、このバレエの登場人物たちが集まってきます。音楽は徐々に高まっていき、魔法使いベニーニュも登場、この2人を祝福してハープのグリッサンドとともに大団円の幕が閉じます。ストラヴィンスキー、シェーンベルクの活躍が既に始まっていた1910年に、これほどまでに美しく感動的な「ハ長調」の音楽を書くラヴェルの天才には、圧倒されます。